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市民セミナー報告書より

六甲山は晩秋の行楽日和

朝の六甲山の記念碑台は25℃の清々しい天気で、いつもより大勢のハイカーで賑わっていました。午前中の環境整備の定例活動には12名が参加し、散策路の植生調査やアセビ実験区の環境調査や樹木調査などに精を出しました。
午後の市民セミナーは32名という予想以上の参加者で、植物や環境問題に関心の深い方を見受けました。

昆虫と植物の生態系、そして自然史の探究

講師の今給黎 靖夫さんはプロの自然写真家として活躍されています。昆虫への関心から食草・食樹となる植物との関係や生態系に視点を広げ、現在は環境との関係や変遷など、「生物の自然史」を研究の焦点にされています。
美しい生物写真を撮られるだけでなく、レッドデータブックに掲載される希少生物の保護や、環境問題にも関わっておられます。今給黎さんの活動はパイオニア・ワークとして注目されています。

六甲山ゆかりの昆虫と植物の世界に触れた

講演の序盤で、里山が昆虫や春植物を守ってきたことをギフチョウなどを例に話されました。その里山林や草原など生息環境が衰退していると懸念されました。
続いて六甲山の800m付近に生息する指標昆虫のエゾゼミとブナの分布を紹介し、いずれも100年後にはいなくなる運命だと説明されました。
動植物種が氷上回廊を行き来して生息範囲が広がっていると説明されて、六甲山にゆかりの名前を持つ幻の昆虫に話が進みました。マヤサンオサムシやマヤサンコブヤハズカミキリについて、詳しく説明されたので、幻の昆虫が見られなくなったのは森林の荒廃などが原因であると理解できました。今給黎さんは去年、三木でマヤランを発見されています。
 生息環境が揃えば、六甲でもマヤランの生育は可能だろうとのことです。そして、多様な生き物を念頭に置いて里山林を維持管理することが重要だと強調されました。
最後に特別講座として「魅力的な写真の撮り方」のコツを話されました。構図の取り方や、「3脚よりも1脚がいい」というお奨めに、参加者は大きくうなづきました。

里山管理の重要性を啓発された

豊富な内容を美しい写真を使ってご説明いただき、専門的なお話しを身近に感じました。最後に自然写真の撮り方までお教えいただき、行き届いたサービスに感謝します。
昆虫や植物という話から、生き物の生息環境を維持管理することを触発されたのが、予想外で貴重な収穫でした。

講演の内容

講演の挨拶(今給黎 靖夫さん)

 自然写真を撮るかたわら自然の営みの研究をしています。今日は、六甲山の昆虫と、それと切り離せない植物の生態系との関連の話をします。また、魅力的な写真撮影のコツにも触れたいと思います。

1.里山が昆虫や春植物を守ってきた

■春植物は氷河期の生き残り

 カタクリ、イチリンソウ等の春植物はスプリング・エフェメラルといわれ、里山の落葉樹の下で早春にいち早く開花し、大急ぎで1年の栄養を貯え新緑の頃には枯れる。六甲の里山にも多く成育していたが激減。これらは氷河期の生き残りで、里山林に守られてきたといえる。

■里山林の春植物にギフチョウも寄っていた

 春植物に寄る昆虫の代表・ギフチョウは春の女神といわれる美しい蝶だ。昔は神戸大学近辺でも見られ、1958年までは垂水区で確認された。

■生き物の棲みかである里山林が衰退した

 春植物の宝庫で、ギフチョウたちを育んでいた落葉広葉樹の里山が崩壊している。40年ほど前から宅地開発で里山が減少。燃料革命で定期的に樹が切られず、里山は常緑照葉樹に覆われ林床が暗くなりネザサが優勢に。その結果、春植物やそれに寄っていた昆虫が絶滅し里山が崩壊。これが六甲や神戸の現実だ。

■里山と切り離せない草原も衰退している

 里山近辺の草原にはオオウラギンヒョウモン、ギンイチモンジセセリなどの蝶が棲んでいたが、屋根材用のススキ、飼料用の雑草の刈り取りがなくなって草原が維持されなくなり激減した。
 溜池周辺の草丈の低い草地は野生のスミレ類を食べるヒョウモンチョウ類の貴重な生息環境だ。
 シルビアシジミも草丈の低い草原を好む蝶だ。現在、神戸での生息地は1ヶ所のみで
市のレッドデータブックではAランク。シルビアシジミの飛ぶ高さは10~20cm。
草刈がない草原では彼らの行動が阻害され、またエサのミヤコグサも成長せず枯れてしまう。シルビアシジミの成育には定期的に1年に何回か草刈りをする草原が必要だ。

2.六甲山の落葉樹林の後退と昆虫の運命

■エゾゼミが100年後には六甲山から消える?

 エゾゼミは冷温帯の指標昆虫で、六甲山では800m以上の所に生息している。この分布はブナの分布とよく似て、ブナの北方や高地への後退とともに、100年後にはエゾゼミも六甲山からいなくなるだろうと言われている。

■動植物種は氷上回廊を越えて行き来している

 氷上町の日本一低い分水嶺(95m)一帯は氷上回廊と呼ばれ、ブナやエゾゼミは由良川と加古川両水系を結ぶ氷上回廊から六甲山に入ったと言われている。逆にカナメモチ等の照葉樹はここから日本海側に移行し、神戸を代表する昆虫キベリハムシも1950年代には北方に広がった。
キベリハムシは明治後期に中国から神戸港に入り六甲山系に生息するようになった。
これはメスだけで繁殖できるが増えていない。
 キベリハムシは北進中で、京都府美山町まで入っていることが確認された。エサになるサネカズラは暖地性の植物で、暖かい環境になれば生息範囲が広がる可能性がある。

■六甲山にゆかりの名前を持つ幻の昆虫

 マヤサンオサムシは、英国の生物学者ベイツが、世界最初の発見地、摩耶山にちなんで命名。この虫は夜行性で暗い林に棲みミミズを食べる。DNA解析では、摩耶山にはおらず兵庫西北部や能登半島に生息している。六甲周辺のオサムシは近縁のイワワキオサムシとの交雑種だった。
 マヤサンコブヤハズカミキリも摩耶山で初めて発見された。特徴は上翅にブツブツのコブがあり、尻端は矢筈に似て2つに分かれ下翅がなく歩くだけだ。初採取以降、六甲山で見つけた人はいないらしい。
 セダカヤハズカミキリも六甲の新種で割と広く分布しているが、六甲山では稀になった。

■森林の荒廃で昆虫が幻となった

 元々六甲山頂付近は落葉広葉樹で覆われていたが、江戸期の薪炭用伐採、幕末・維新期の神戸開港資材用の伐採等で禿山となり、土砂崩れや水害を起した。昭和50年代からは餌づけされたイノシシの増加で林床が掘り起こされ、幼虫の棲む朽木を破壊し、森林荒廃により昆虫の棲みかが少なくなった。

3.六甲の自然から学ぶこと

■偶然に見つけた幻のマヤラン

 マヤランは明治12年に摩耶山で初めて発見され、牧野富太郎が採集。以来、六甲では見つからず全国でも200株のみ。
 寄生植物でベニタケ、イボタケ、シロキクラゲ等と共生する。
 去年、偶然にも三木で発見した。落葉が溜まりある程度光の当たる里近くにあり、六甲でも生育が可能な事が示された。

■多様な生き物を念頭に置き里山管理を行う

 明治35年からの緑化で六甲山は緑が復活したが手入れされていない。優勢な常緑照葉樹の間伐で林床を明るくする等、落葉樹の活性化が必要である一方、クチキコオロギなど湿気のある薄暗い林が好きな昆虫も存在する。里山が大面積で伐採されると残った小さな島状の林は乾燥化する。里山林を維持管理するには、昆虫も含めた多様な生態系を念頭におく必要がある。
 都市の身近にある六甲山は貴重な自然が残されており、多様な樹林や里山を維持すると、マヤラン再発見も夢ではないと希望が膨らんでくる。

特別講座:魅力的な写真の撮り方

■引き算で主題を引き立てる

 主題以外の余計なものを省略する。”絞らない・被写体に近寄る・望遠を使ってみる”
「ボケ味」が生きたインパクトのある写真になる。

■四角を3分割し交わったところに主題をおく

 図の○の位置に主題を置く構図にするといい絵、いい写真になる。昆虫はすぐ逃げるので、構図を考えている暇もないが、場数は踏みたい。

■きれいに見える瞬間の光をとらえる

 生物が受ける自然の光は季節や時刻によって変化する。一番綺麗に見える瞬間を写す。
 ストロボ使用時は発光部にハンカチ等を被せると光が柔らかく自然光の様になる。花を写す時はレフ板の代わりに白い紙を置くとよい。

■写真はバックで撮れ

 自然に生えている植物を色々な角度から見ると、綺麗に見える場所がある。自分で動いて背景に注意して写すと全然違う写真になる。

まとめ(今給黎さん)

 六甲山は一見ありふれた山ですが、細かく見ると思わぬ所に面白い貴重な自然が残されています。折にふれ六甲の自然に触れてほしい。

事務局より

 今給黎さんの行き届いたお話しで、目を凝らして自然を見つめることにより、生物の営みの美しさに出合うことができると実感できました。