第82回 北六甲の歴史点描
北六甲の冬は大変寒いですが、魅力的な里山や寺社などが多く、古い歴史と落ち着いた自然環境の味わいが豊かです。唐櫃小学校時代は、六甲山を挟んだ北面と南面の関わりを知りました。今年着任した藍那小学校では、近くにある棚田の美観に圧倒されました。北六甲の魅力の数々をお伝えできればと思います。(鍬田)
六甲山の北面の気候は東北地方に似ているとのことです。神宮皇后の言い伝えなど歴史遺産の多い北六甲には、秘められた魅力が一杯です。特に、六甲山を生活の舞台に活用していた唐櫃や、日本の原風景を偲ばせる藍那について、お話を聞けるのが楽しみです。
| 開催日時 | 2010年1月16日(土) 13:00 |
|---|---|
| 会場 | 神戸市立六甲山地域福祉センター |
| 講師 | 鍬田 和見(神戸市立藍那小学校 教頭) |
| 詳細 | 案内チラシPDF 報告書抜粋PDF |
地域福祉センターの給湯器の水も凍った
午前中の環境整備活動では、二つ池の氷は大人が乗ってもびくともしない硬さでした。六甲山地域福祉センターでは給湯器の水が凍って、ぜんざいづくりの水の確保に焦りました。午前7時で-10度、厳寒の六甲山を味わいました。
鍬田さんの「歴史点描」は見るのが楽しみ
鍬田さんに藍那小学校で、「北六甲の歴史点描」とロマンチックなテーマに決めてもらいました。大学で美術専攻し、博物館で歴史研究された経歴から、「目で見て楽しむ」地域・歴史のお話になると期待しました。
市民セミナーには奥様とご一緒で、奥様は「年末年始はずっと資料づくりで過ごしていました」とのこと。
北六甲全体の歴史的なつながり、昔の棚田の風景や建物などの情趣豊かな写真などで、「見せる工夫」が凝らされており、参加者は居ながらにして歴史探遊を楽ませていただきました。
北六甲の地形から歴史の流れも一望
講演では、六甲山系と丹生(たんじょう)山系という二つの山塊に囲まれた地域が北六甲になると、地形的な位置づけや気候的な特徴を明確にされました。
続いて唐櫃の由来と歴史を説明された。平清盛が唐櫃の多聞寺に力を入れた経緯から、唐櫃には今でも京都の文化が残っている。江戸時代になると、六甲山越えの抜け荷のルートとして注目されるようになる。明治には六甲山を巡る争いが起こり、決着は長引いた。唐櫃村が小学校を建設するために、山上の土地を阪神電鉄に売却したことから、一気に六甲山の開発が進んだ。
藍那は「あいの」、播州と摂州の中間の意味から来ており、義経道などが有名で、昔からの重要な街道であった。集落は100戸程度だが、明治時代に農村舞台が3つもある豊かな村であった。日本の原風景を絵に描いたような里山があり、多くの研究者やNPOが注目して環境調査・保全に来訪している。
藍那を含む13ケ村は山田の庄に属し、かつて平清盛が丹生山に月参して賑わった豊かな地域であった。平安期の寺社や仏像など優れた文化財が残っていると、話題は続きました。
北六甲を訪ねたいという声が高まった
昔の唐櫃の棚田の写真は不鮮明であったが、現在の変容と較べて衝撃的であった。藍那の辺りで懐かしい原風景を目にできるというお話に、「ツアーをしよう」と声が上がりました。昨年12月の第81回市民セミナーの有馬温泉に引き続いて、今回の市民セミナーで北六甲の全体像に目を拡げました。
講演内容
講演の挨拶(鍬田 和見さん)
神戸市で一番小さい、全校児童16名の藍那小学校に勤務しています。以前唐櫃小学校にも勤務していました。専門は美術ですが、博物館にいた関係で歴史にも携わりました。今日は北六甲のエリアの良さを感じていただければうれしいです。
1.昔の唐櫃(からと)
■南北で気候が違う
北六甲は六甲山系と丹生(たんじょう)山系の2つの大きな山塊がある。唐櫃・大池が分水嶺で、唐櫃から流れた水は武庫川に注ぎ、大池からは山田を通り加古川に注ぐ。藍那の方は明石川に注ぐ。六甲山の南側は瀬戸内気候だが、北側は内陸性気候で冬は寒い。唐櫃小学校時代、凍ったプールに乗ったことがある。植生も少し異なり、北側は針葉樹が多い。
■唐櫃の由来
唐櫃は普通「からびつ」と読み、フタと脚のついた箱のこと。
「からと」と呼ばれるようになった理由には3つの説がある。①神功皇后説:神功皇后が三韓征伐の帰途、宝物を唐櫃(からと)に納めて埋めたという伝説から。②地形説:四方を山に囲まれている地形を「からと」と呼ぶことから。③古墳説:遺体を入れる棺「屍櫃(かろうと)」に由来するという説。私自身は、地形説が一番妥当だと思っている。
■平清盛と唐櫃
平清盛が遷都した福原から見ると、唐櫃は鬼門の方角に当たるため、清盛は唐櫃の多聞寺に力を入れたり、京都大原から人を移住させたりした。唐櫃の人たちが自分たちのことを「こち」、お前様を「おごりょう」と言ったりして、言葉や文化が少し異なるのは、今でも当時の京都の文化が残っているからだろうか。
■多聞寺と四鬼家
六甲山を歩くと、あちこちに「四鬼家」「多聞寺」の名前が出てくる。シュラインロードの行者堂の石像には「四鬼尊像」とあり、心経岩には発起者に四鬼さんの名前が彫られている。四鬼家は六甲山を開いた役行者の子孫だと言われている。
お寺には山号があるが、多聞寺は「六甲山」の号を持っている。多聞寺と四鬼家はペアになっており、六甲山一体に何らかの大きな影響力を持っていたのだろう。
■抜荷の道
江戸時代に抜け荷の道の重要なルートとして注目される。道場-生瀬-昆陽など決められた街道や宿場は料金が高かった。そこで六甲山越えの抜け道がつくられ、酒米など色々な商品が運ばれた。
■六甲山の「山論」
多くの人が薪炭等を求めて山に上がるようになると、入会権をめぐる争いが頻発した。江戸時代には、南山麓の16ヶ村が唐櫃に使用料を払って芝草を刈らせてもらっていた。六甲山の三国岩は境界石で、三国とは隣接する莵原、八部、有馬の三郡を表している。
明治に入ると裁判になり、大正15年の入会権解消問題へとつながっていく。
■六甲山の開発
明治になると六甲山の開発が始まった。開発の契機をつくったのがイギリス人グルームだった。唐櫃の人たちはグルームに協力して信頼を得ていたようだ。山上のゴルフ場は当初唐櫃村民からキャディを雇った。そこから宮本留吉という日本初のプロゴルファーが出ている。
その後唐櫃村は、小学校を建設するために山上の土地を阪神電鉄に売却した。売却をきっかけに六甲山は一気に開発が進んでいった。当時の唐櫃小学校は、施設が充実していたようだ。
2.藍那の里山
■日本の原風景が残る里山
元々「あいの」と呼ばれていた。「中間」という意味で、播州と摂州の間にあるためそう呼ばれた。
集落は斜面にへばりつくように密集している。集落の裏山を越えると、日本の原風景を絵に描いたような里山がある。昔は溜池が100以上あり、炭焼き小屋も点在していた。藍那は木の質が良い。神戸層群という地層が一帯を覆っているため、根の成長が抑えられ緻密な木質の木に育つ。化石もよくとれる。山が豊かなため、昔から藍那の人は冬場も出稼ぎに行かずに済んだという。
■藍那のみどころ
藍那で有名なのは「義経道」で、源義経が一ノ谷の合戦の際に通ったと伝えられている。文化財級の石造物もたくさんあり、特に有名なのが七本卒塔婆。木津側の藍那古道には磨崖仏もある。磨崖仏には文正2(1467)年の銘が入っている。藍那が昔から兵庫と播州を繋ぐ重要なルートだったのがよくわかる。
■藍那の暮らし
藍那は旗本領で、石高は江戸時代を通じて約550石だった。旗本は江戸にいるので管理が甘かったようだ。100戸程度の小さな集落にもかかわらず、明治初期には農村歌舞伎が3つもあった。豊かな暮らしをしていたように思われる。
3.北六甲の魅力
■豊かな山田の里
藍那を含む13ヶ村は山田の庄と呼ばれた。豊かな土地で、江戸時代は多くが天領だった。山田の里も平清盛が手を掛けたところで、福原から丹生山に毎月、月参りに行っていた。
丹生山には明要寺というお寺があり、中世にはすごく賑わっていた。戦国時代、三木の別所氏を秀吉が攻めたとき、別所方に味方したために焼き払われた。
■北六甲には貴重なものがたくさん残っている
山田13ヶ村の守り神、六條八幡には三重塔がある。重要文化財の立派な塔で、山田の里がいかに豊かだったのかがわかる。無動寺の仏さんは平安期のもので、素朴で力強い魅力のある仏さん。
箱木千年家は、室町時代に建てられた日本で一番古い民家だと言われている。農村歌舞伎の一番古いものも北六甲にある。このエリアには、優れた文化財がたくさん残っている。
質疑応答
藍那の里山に竹がはびこっているのを見たが?:
放棄される田んぼが増えている。多くのNPOが整備活動を進めているが、荒れているところも増えている。
藍那のおすすめコースは?:
すべておすすめ。冬の散策も、葉が落ちて見通しがよく、歩いても汗をあまりかかず快適です。
まとめ(鍬田さん)
南六甲はすごく華やかで活気があり、進取の気風があります。北六甲は、古いものや伝統を大事にしています。南に比べて落ち着いたエリアかなと思います。博物館に例えると、南六甲は流行の展示室、北六甲は歴史・文化の収蔵庫のような感じがします。
事務局より
六甲山の北面に目を向けて、六甲山麓の原風景といえる自然環境や懐かしい歴史・文化の息づかいを知りました。これらの魅力に触れて、残し伝えたい大切なものを再考する機会になりました。
六甲山の魅力再発見を多様多彩にしたいです。
六甲山を活用する会事務局
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